#99 サッカーにおけるアキレス腱と膝蓋腱損傷の疫学的研究レビュー
サッカーにおける怪我の発生率は、19か国を研究対象にしたUEFA Elite Club Injury Study1)による統計結果によると、1シーズン、1チームで約50-55回の怪我、1選手で考えると1シーズンで2回怪我をする確率で発生していると言われています。また、平均で約77%の選手が練習参加可能で、86%の試合参加が可能という結果が出ています。
チームとしては、そして監督、ドクター、スポーツトレーナーの立場として、このような状況を少しでも良くすることが試合に勝つためにはとても重要であることは理解できていると思います。
今回は主にアキレス腱と膝蓋腱損傷に重点を当てて、さまざまな研究から疫学的に腱損傷の実態について書いていきます。
スポーツにおける腱損傷のリスクファクターについて書いた記事はこちら↓
スポーツにおける腱損傷のリスクファクター
スポーツ選手の中で筋や腱損傷によって痛みを伴いながら練習に参加したり、長期的に練習や試合から離脱しなければならなかった経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。 今回は、腱損傷になるうるリスクファクターを紹介していきます。
目次
- サッカーにおける腱損傷の実態
- アキレス腱損傷
- 膝蓋腱損傷
- まとめ
サッカーにおける腱損傷の実態
腱損傷を他の怪我と比べたときに約7%のの割合で発症しています。1シーズンにおける1チームでの腱損傷の発生率を見たときには、約4回腱損傷が発生する割合で起こると言われています。1)
また、複数のスポーツクラブの腱鞘炎の実態を8シーズンを研究した論文では、腱鞘炎の約30%だけの症例が練習や試合に参加できなく、残りの70%の症例は痛みを抱えながら練習や試合を続けていた事が報告されています。5)
そして各スポーツの腱鞘炎の男女差を調べた研究では、男性:女性=2:1 の発生率であった事が報告されています。5)
アキレス腱損傷
アキレス腱損傷の中でも、腱炎症と腱断裂に分けて話していきます。
腱炎症において怪我全体の1.9%の発生率、1チームごとで考えると1シーズンに1回、そして練習に復帰するまでの平均期間9日、再受傷率23%ととなります。2) つまり、あなたがサッカーチームで働いているとしたら、1シーズンに一回は腱鞘炎の症例を診ることになります。
また、腱断裂において怪我全体の0.1%の発生率、1チームごとで考えると15シーズンに1回、そして練習に復帰するまでの平均期間5.5ヶ月、再受傷率7%ととなります。2) サッカーチームで働いていたとしても、15年に1度アキレス腱断裂を関わることになるということです。
アキレス腱断裂の術後のReturn-to-play (RTP)の研究では、118名のサッカー選手をを対象に2008年から2018年の間の追跡調査を行いました。(6
その調査結果、113名(96%)の選手が平均199日で練習参加をする事ができ、112名(95%)の選手が平均274日で試合に戻る事ができたと報告しています。(以下、Time to Return to Football Activityのグラフ)
この復帰期間は、サッカー選手のACL損傷の術後の復帰期間とほとんど一緒であることもわかります。


他の興味深い研究がありましたので、見てみましょう。

以下の1つ目の表では31項目の怪我の種類を怪我からの復帰期間が早い順に表したもので、2つ目は1度目の怪我の復帰の期間と再発した時の復帰の期間の差が長い順にリストアップされています。(table1, table3)


ここで興味深いのは、一つ目の表でアキレス腱の怪我は真ん中に位置していますが再発率が高く、2つ目の表では一番上にアキレス腱があることです。
つまり、あなたが選手のアキレス腱のリハビリをしていて痛みが少しある中でも早期練習や試合に復帰させましたが、再受傷しさらに再受傷後の復帰期間が長引いてしまっているということがわかります。このような受傷から再受傷、そして復帰までの経過を辿る事が他の怪我と比較しても多いという事です。
膝蓋腱損傷
先ほどのアキレス腱と同じように、膝蓋腱損傷の中でも腱炎症と腱断裂に分けて話していきます。
腱炎症において怪我全体の1.1%の発生率、1チームごとで考えると2シーズンに1回、そして練習に復帰するまでの平均期間8日、再受傷率22%ととなります。2)
腱断裂において怪我全体の0.1%の発生率、1チームごとで考えると31シーズンに1回、そして練習に復帰するまでの平均期間4ヶ月、再受傷率8%となります。2)
アキレス腱と比較しても腱鞘炎と腱断裂の発生頻度は半分になり、発生頻度が低い事が先ほどの上記の表からわかります。
一つ目の表を見てもらうと、アキレス腱と同じように真ん中に位置して、アキレス腱と比較すると再発率は少し低いですが、他の怪我と比べると高いです。また、2つ目の表からは、再発した後の復帰の遅れは、アキレス腱よりも少ない事がわかります。
まとめ
以上の研究結果から、アキレス腱と膝蓋腱炎症の症例は、サッカーチームで数年働いていればほとんどの確率で出会わすことになります。また同怪我の腱断裂に関しては、とても稀な症例でトレーナーとして経験をする事がない怪我かもしれません。もちろん、これらの怪我はしっかりと予防的なアプローチを行なっていけば最低限のリスクで発症を抑える事が可能だとも思います。
ですが、このような研究結果から一般的な怪我の発生率やリハビリ期間、再発率などを知る事でどのように気を付けてトレーナーとして働くべきかが少し見えてきます。
参考文献
1)Ekstrand J, Hägglund M, Waldén M. Injury incidence and injury patterns in professional football: the UEFA injury study. Br J Sports Med. 2011 Jun;45(7):553-8. doi: 10.1136/bjsm.2009.060582. Epub 2009 Jun 23. PMID: 19553225. 2)Hägglund M, Atroshi I, Wagner P, Waldén M. Superior compliance with a neuromuscular training programme is associated with fewer ACL injuries and fewer acute knee injuries in female adolescent football players: secondary analysis of an RCT. Br J Sports Med. 2013 Oct;47(15):974-9. doi: 10.1136/bjsports-2013-092644. Epub 2013 Aug 20. PMID: 23962878. 3)Hägglund M, Waldén M, Magnusson H, Kristenson K, Bengtsson H, Ekstrand J. Injuries affect team performance negatively in professional football: an 11-year follow-up of the UEFA Champions League injury study. Br J Sports Med. 2013 Aug;47(12):738-42. doi: 10.1136/bjsports-2013-092215. Epub 2013 May 3. PMID: 23645832. 4)Ekstrand J, Krutsch W, Spreco A, van Zoest W, Roberts C, Meyer T, Bengtsson H. Time before return to play for the most common injuries in professional football: a 16-year follow-up of the UEFA Elite Club Injury Study. Br J Sports Med. 2020 Apr;54(7):421-426. doi: 10.1136/bjsports-2019-100666. Epub 2019 Jun 10. PMID: 31182429; PMCID: PMC7146935. 5)Florit D, Pedret C, Casals M, Malliaras P, Sugimoto D, Rodas G. Incidence of Tendinopathy in Team Sports in a Multidisciplinary Sports Club Over 8 Seasons. J Sports Sci Med. 2019 Nov 19;18(4):780-788. PMID: 31827363; PMCID: PMC6873129. 6)Grassi A, Rossi G, D'Hooghe P, Aujla R, Mosca M, Samuelsson K, Zaffagnini S. Eighty-two per cent of male professional football (soccer) players return to play at the previous level two seasons after Achilles tendon rupture treated with surgical repair. Br J Sports Med. 2020 Apr;54(8):480-486. doi: 10.1136/bjsports-2019-100556. Epub 2019 Jul 30. PMID: 31362925.