#36 スポーツの怪我と幹細胞による再生医療の可能性
スポーツ傷害をいかに予防するのか、そして怪我をしてしまったときに適切な診断を実行し、復帰に向けてどのような計画で治療・リハビリをするのかということはとても重要なことです。幸いなことにほとんどの場合、スポーツでの怪我はプロトコル通りに回復しスポーツ復帰することができます。しかし、たまに起こることとして診断からの復帰予定よりも長引くケースというのもあるのが現状です。
余談ですが、欧州のサッカーチームであれば、何十億の移籍金を払って獲得した選手が怪我をした場合には、チームそして一企業として膨大な損失を受けることは簡単に想像できることだと思います。欧州のサッカーチームは何ヶ月以上の怪我をした場合はその選手に対して無給になるという規定があるリーグもあるそうです。例えば、フランスのリーグアンでは怪我で3ヶ月以上プレーしていないと無給になる。と日本人選手が話されていたこともあります。(ちなみにJリーグは無給になることはない。)そのため、もちろんのことですがチームだけでなく選手自身にとっても金銭面的にも大ダメージを喰らうことになってしまいます。
このことを考えると、怪我の予防対策や怪我をした後のリハビリ、治療はできるだけハイクオリティーなものを提供できることが大切になってきます。
トレーナーとしては予防のための個別エクササイズの提供、そして予防のための治療、マッサージ。 ドクターとしては適切な診断技術、手術方法、薬の投与。 チーム監督・フィジカルコーチとしては、適切なピリオダイゼーションでのトレーニング負荷量。 スポーツ心理士、精神科医としては選手一人ひとりにあったメンタルケア。 栄養士としては、個別に考えたコンディショニングのための栄養メニュー。 ホペイロによるスパイクの管理・相談。 ターフキーパーによる芝の管理。
このような取り組みが各分野ではとても重要になってきます。
そして、このような取り組み以外に特に最近では再生医療が注目されてきていることもあり、怪我の予防、怪我の回復のために幹細胞が使われるケースも出てきています。
あるK1ファイターが『幹細胞培養清上液点滴』を定期的に行って細胞の再生能力を高めてメンテナンスをしているということも出てきています。
補足ですが、現時点では幹細胞培養清上液点滴の種類は神経の修復に効果的がるとされる乳歯髄幹細胞、内臓系や皮膚・頭皮などに効果があるとされる臍帯血幹細胞、そして、皮膚のコラーゲンや頭髪に効果があるとされる脂肪幹細胞を使ったものがあるそうです。(後ほど幹細胞の種類について簡単に説明します。)
このようなことも踏まえ、本記事ではスポーツの怪我に対しての再生医療の可能性をいくつかの論文を用いて紹介していきます。
目次
- 一般的なスポーツの怪我のタイプ
- 幹細胞の定義とタイプ
・幹細胞の定義
・幹細胞の分類 - スポーツの怪我に対する幹細胞の治療
- まとめ
1. 一般的なスポーツの怪我のタイプ
スポーツの怪我は主に、トレーニング中、試合中、またはフィットネス中などに生じるものです。怪我の原因としては、負荷量が多い場合や精神的な問題、外的な要因(不適切な靴、適切でない器具)などさまざまなことが重なって起きてしまいます。
また、スポーツの怪我の種類は2つに分けることができます。一つ目は、外因性の怪我で外部からの衝撃による擦り傷やアザ、捻挫、骨折などがこれに含まれます。2つ目は内因性の怪我で、筋肉が急に引き延ばされたことによる筋挫傷や腱炎症、反復の過負荷による疲労骨折などが挙げられます。主に怪我の予防ができるのが後者の内因性の怪我になります。
2. 幹細胞の定義と分類

幹細胞の定義
幹細胞は、神経組織や筋組織、骨組織などのさまざまな細胞や組織に形質転換およびに分化する能力を持った細胞と言われています(1)。幹細胞は細胞の生産時やさまざまな細胞に見られ、とても優れている能力とされています(2)。そして損傷した細胞を健康的な細胞に置き換えるメカニズムがあると考えられており近年では人の病気の治療や予防のために注目を浴びています。
幹細胞の分類
幹細胞は特徴の違いによって、胚性幹細胞、成体幹細胞、臍帯血幹細胞の3つのグループに分けられます。 また幹細胞を生産する器官として、骨髄、臍帯、プラセンタが挙げられます。その中でも臍帯の幹細胞は基本的な構造を持ち、高度に分化できる利点を持っています(3)。幹細胞は不死の細胞とも言われ、無制限に増殖する能力があり、他の幹細胞やさまざまな細胞タイプに分化することもできるとされています(4)。
胚性幹細胞(ESC)
この幹細胞は、胎児の形成の最初の数週間(14〜16日)、胚の内部に存在します。また、理論上人のすべての細胞と組織に分化し、ほぼ無限に増殖させることができるとされています。胎児が形成してから細胞を取り出し細胞を傷つけてしまうことから、倫理的な問題で国によっては禁止されています。しかし胚性幹細胞の能力が優れていることもあり、胎児の形成前にこの幹細胞を取り出す技術も開発され始めているとのことです。
臍帯血幹細胞(CBSC)
この幹細胞は、胚性幹細胞により近い性質を持っていますが胚性幹細胞よりも組織や臓器に変換する能力が低いのが特徴です。赤ちゃんの誕生時に、これらの細胞は臍帯静脈の血液から臍帯を切断することによって取り除くことが可能です。
成体幹細胞(ASC)
出生後に組織から成長するための幹細胞の一種は、成体幹細胞と呼ばれています。骨、脳、肝臓、その他の組織の造血幹細胞はこのカテゴリーに属し、いくつかの組織に分化する能力があります。これまでのところ、胚の発生の始まりから寿命の終わりまでの幹細胞は、組織や臓器に分化する能力がある成体幹細胞も含んでいるとされています。
胚性幹細胞とは違い、成人の組織からとることができるため倫理的な問題はなく、近年では脂肪組織からとった脂肪幹細胞移植なども注目を集めています。
3. スポーツの怪我に対する幹細胞の治療
スポーツの怪我に対する幹細胞の治療の研究は筋肉・腱・靭帯・骨・軟骨・半月板に対して行われています。参考にした研究レビュー6)では、32の研究結果が紹介されており、治癒過程を早める効果が出たものからあまり期待されないものまでありました。ほとんどの研究では、成体幹細胞(ASC)が使用されています。
中でも、靭帯や半月板、軟骨などの一度損傷してしまえばなかなか再生することが難しいと言われている組織が幹細胞治療によって再生した報告もあり、もしこのような再生医療が確実に発達し安全性が確認され一般化すれば、今後のリハビリや手術に対する考え方が変わっていくことは確実だと考えられます。
また、この幹細胞による再生医療の発達により怪我をしたスポーツ選手を現在のプロトコルよりも可能な限り迅速に復帰させることや選手生命の長くさせることができる可能性を秘めています。
また、怪我の予防に関しても体の使い方によってその組織自体に負担がかかり続ければ、再生医療が発達したところで怪我を予防することは難しい場合もありますが、研究で行われているようなことが実用的になれば可能になり、怪我をする選手が減る可能性もあるのかなと思います。
4. まとめ
- 幹細胞とは、神経組織や筋組織、骨組織などのさまざまな細胞や組織に形質転換およびに分化する能力を持った細胞のことです。
- 幹細胞は大きく分類して胚性幹細胞、成体幹細胞、臍帯血幹細胞の3つのグループに分けられます。
- 靭帯や半月板、軟骨などの一度損傷してしまえばなかなか再生することが難しいと言われている組織が幹細胞治療によって再生する可能性があります。
- 怪我の予防に関しては、根本的な体の使い方などの改善は必要不可欠ですが、再生医療の発達により発生件数を減らせる可能性があります。
現在、簡単に受けられるような幹細胞培養清上液点滴などの幹細胞の治療や美容効果のあるものなど一般化されてきてはいます。このようなアプローチが実際にどこまで科学的に証明されているかは定かではありませんが、上記で紹介した32の研究結果から考えると効果はあるように思えます。今後の再生医療の発達として注目すべきものだとは思っています。
引用・参考文献
1)Nae, S., Bordeianu, I., Stancioiu, A. T., & Antohi, N. (2013). Human adipose-derived stem cells: Defini- tion, isolation, tissue-engineering applications. Roma- nian Journal of Morphology and Embryology, 54(4), 919–924. 2)Ardeshiry Lajimi, A., Hagh, M. F., Saki, N., Mortaz, E., Soleimani, M., & Rahim, F. (2013). Feasibility of cell therapy in multiple sclerosis: A systematic review of 83 studies. International Journal of Hematology- Oncology and Stem Cell Research, 7(1), 15–33. 3)Markoulaki, S., Meissner, A., & Jaenisch, R. (2008). Somatic cell nuclear transfer and derivation of embry- onic stem cells in the mouse. Methods, 45(2), 101–114. 4)Altaner, C., Altanerova, V., Cihova, M., Hunakova, L., Kaiserova, K., Klepanec, A., Vulev, I., & Madaric, J. (2013). Characterization of mesenchymal stem cells of “no-options” patients with critical limb ischemia treated by autologous bone marrow mononuclear cells. PLoS One, 8(9), e73722. 5)Shroff, G., Dhanda Titus, J., & Shroff, R. (2017). A review of the emerging potential therapy for neurological disorders: Human embryonic stem cell therapy. Amer- ican Journal of Stem Cells, 6(1), 1–12. 6)Rahim S, Rahim F, Shirbandi K, Haghighi BB, Arjmand B. Sports Injuries: Diagnosis, Prevention, Stem Cell Therapy, and Medical Sport Strategy. Adv Exp Med Biol. 2019;1084:129-144. doi: 10.1007/5584_2018_298. PMID: 30539427.