#148 運動解剖学から考える広背筋の知られざる作用と知識

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広背筋は、腕から背中を通って、骨盤まで筋膜を介して繋がっている筋肉になります。実はこの筋肉を正しく鍛えていくことは非常に難しく、間違った鍛え方をしてしまうと、運動パフォーマンスの低下につながる可能性があります。

本記事では、広背筋の基本的な解剖と作用、そして、運動パフォーマンスを上げるために知っておくべき、学術的に言われていない広背筋の知識について書かせていただきます。

目次

  • 広背筋の解剖学
  • 広背筋の基本的な作用
  • 学術的に言われていない広背筋の知識
  • まとめ

広背筋の解剖学

広背筋の解剖学
広背筋は、上の写真のように体幹部の後方に位置し、僧帽筋とともに背中の表層にあります。広背筋の一部は、僧帽筋下部繊維に被って深層に位置しています。

起始は、第9〜12肋骨、肩甲骨下角、外腹斜筋、胸腰筋膜(第7〜12胸椎棘突起、第1〜5腰椎棘突起、腸骨稜、正中仙骨稜、棘上靭帯、仙結節靭帯、多裂筋、大臀筋に付着)です。

停止は、上腕骨結節間溝です。

広背筋の基本的な作用

広背筋は解剖運動学上、胸椎付着線維である上部線維、腰椎付着線維である中部線維、腸骨付着線維である下部線維の3つに分けられます。

広背筋における支点から力の作用点に下ろした垂直の距離のことであるモーメントアームから考えられる作用については以下のことが挙げられています。

肩関節のおける作用

広背筋の肩関節における作用は、伸展、内転、内旋作用があります。
伸展作用で、モーメントアームの観点から言えることは、上部線維が一番伸展作用が大きく、次に下部線維、そして中部線維という順になります。どの筋繊維も肩関節の屈曲0°と120°に近づけば近づくほど、伸展作用が小さくなります。上部繊維は約40°、中部繊維は約30°、下部繊維は約50°で最大の伸展作用を発揮することができます。

内転作用では、中部線維と下部線維の方が上部線維よりも作用が強く、全ての繊維において60°〜80°外転位で、最も大きい内転作用を持ちます。
広背筋は、肩関節の伸展モーメントよりも内転モーメントの方が大きいため、作用としては伸展作用よりも内転作用の方が強いと考えられています。

内旋作用において、上部繊維では方の屈曲角度が増加するにつれて内旋作用が弱くなりますが、逆に中部線維と下部線維は強くなります。そして、軽度屈曲位では、上部線維の作用が大きくなります。屈曲角度とは逆に外転角度が増加すればするほど、上部線維の作用が大きくなり、中部線維と下部線維の作用は小さくなります。

体幹における作用

広背筋の体幹における作用は、体幹の伸展、同側側屈、同側回旋です。

モーメントアームの観点から、体幹伸展作用よりも同側側屈作用の方が大きいとされています。また、体幹伸展に関しては、胸椎よりも腰椎の方が体幹伸展モーメントが大きいことから腰椎伸展作用の方が大きいです。一方、体幹の同側側屈モーメントをみると、腰椎よりも胸椎の方が大きいため、胸椎の方が同側側屈の作用が大きいと考えられます。この広背筋の体幹の同側側屈モーメントが、同様の作用を持つ脊柱起立筋や腰方形筋よりも大きいことから、広背筋は体幹の同側側屈作用の主働筋として挙げられます。

筋線維別で考えた場合は、下部繊維は体幹の同側回旋で一番筋活動が見られます。また、解剖学をみるとわかるとおり、広背筋は胸腰筋膜に付着しており、広背筋の筋活動により胸腰筋膜が緊張して、腰椎の安定性に寄与します。

肩甲骨における作用

広背筋は、肩甲胸郭関節において、僧帽筋下部線維、小胸筋、鎖骨下筋とともに肩甲骨を下制する作用を持っています。体幹の同側側屈と類似する作用になりますが、体幹の同側側屈の作用と複合することで、肩の位置を下に下げることができます。つまり、肩の緊張が高く、肩が上がってしまってい人は、この広背筋が機能していない可能性があることが考えられます。

学術的に言われていない広背筋の知識

基本的には、上記で書いた通りの作用を広背筋は持っています。しかし、臨床においては、広背筋にはもう一つ重要な作用があります。それは体幹の屈曲作用です。この屈曲作用がどのようにして起こるのかを理解することで、広背筋をより正確に機能的に鍛えることができることにつながります。

解剖学的肢位において、広背筋は通常通り体幹の伸展に作用しますが、姿勢の崩れによる猫背姿勢や体幹を屈曲位に固めた状態の姿勢で、体幹を側屈または、肩甲骨を下制させると体幹を屈曲する作用を生み出します。主に体幹部の中でも胸郭における屈曲作用が大きいです。

広背筋を鍛えることを考えた場合、このことを知らず猫背姿勢や体幹の屈曲位で、ラットプルダウンや懸垂などの広背筋トレーニングを行なってしまうと、体幹の屈曲を強め、猫背姿勢を助長してしまいます。ほとんどの人の懸垂トレーニングを見ると、胸椎の伸展可動域が制限されていることから、猫背姿勢を助長してしまう形で、広背筋を鍛えていることが多く見られます。

運動パフォーマンスの観点で見た場合、広背筋は体幹屈曲位と伸展位両方で機能することが大切でありますが、懸垂の例から考えられる通り、体幹伸展位での広背筋をしっかりと機能させることのできる人が多くいないのが現状です。これはアスリートにおいてもしっかりと機能させられる人が多くないことが見受けられます。

広背筋は、胸腰筋膜に付着していることから、腰椎の安定性に関与しますが、体幹伸展位で広背筋を使えるようになると、仙腸関節の安定性や下肢の筋機能にも良い影響を与えることができることが考えられます。筋膜連結から考えた場合、主に多裂筋、大臀筋、ハムストリングスの筋機能向上が見られます。また、仙腸関節が安定することにより、内転筋や腸骨筋、大腰筋と言った体の深部に近い筋肉の機能にも影響してきます。

他に広背筋は、肩甲骨の下制と体幹部の側屈の作用があるため、胸骨を中心とした重心移動も可能にすることができます。この体幹伸展位で広背筋が使えることは重心移動の幅を広げるため、スプリント動作や切り返しの動作のパフォーマンスにおいてとても重要になります。

以上のことから言えることは、運動パフォーマンスを高めるための機能的な広背筋を鍛えるためには、まずは胸椎の伸展可動域をしっかりと出せる状態にしてから行うことが大切であるということです。

まとめ

  • 広背筋は第9〜12肋骨、肩甲骨下角、外腹斜筋、胸腰筋膜から上腕骨結節間溝に付着します。
  • 広背筋は、解剖運動学上、上部線維、中部線維、下部線維の3つに分けられ、筋繊維によって肩関節と体幹部のモーメントアームの大きさが多少変わります。
  • 肩甲骨において下制作用があり、胸郭を縮めて肩を下げる動きを作ります。
  • 広背筋は、猫背姿勢により体幹屈曲作用として働きます。
  • 体幹伸展制限がある状態での広背筋のトレーニングは猫背姿勢を助長してしまいます。
  • アスリートでもこの広背筋をしっかりと機能させられている人が多くありません。
  • 広背筋は、体幹伸展位で使えることで仙腸関節の安定性や下肢の機能の向上に関係してきます。
  • 広背筋は、体幹伸展位で使えることは、スプリント動作や切り返しの動作のパフォーマンスの向上につながります。

以上のように本記事では、広背筋の基本的な解剖と作用、そして、学術的に言われていない作用について書いてきました。

トップアスリートの世界で、この広背筋を体幹伸展位でしっかりと機能させることができることは当然のことでもあり、普通のアスリートとトップアスリートを分ける要素の一つでもあります。

今回の知識を参考にして、広背筋に対してのトレーニングの仕方をよりよくしてみてください。

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参考文献

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3)Fan JZ, Liu X, Ni GX. Angular velocity affects trunk muscle strength and EMG activation during isokinetic axial rotation. Biomed Res Int. 2014;2014:623191. doi: 10.1155/2014/623191. Epub 2014 Apr 8. PMID: 24804227; PMCID: PMC3996988.

4)Vleeming A, Pool-Goudzwaard AL, Stoeckart R, van Wingerden JP, Snijders CJ. The posterior layer of the thoracolumbar fascia. Its function in load transfer from spine to legs. Spine (Phila Pa 1976). 1995 Apr 1;20(7):753-8. PMID: 7701385.